治療を支える医療関係者の想い

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不安や悩みを共有して一緒に考える、一人でも多くの方にそのサポートが行えるように

チャン 香理ヒャンリ 先生

東京大学医学部附属病院 ゲノム診療部 認定遺伝カウンセラー®

東京大学医学部附属病院ゲノム診療部で様々な遺伝性疾患のカウンセリングに携わる張先生に、トランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチーの患者さんやご家族に対してどのようなカウンセリングを行っているか、また、発症前診断の意義などについて伺いました。

*:「遺伝性ATTR(ATTRv)アミロイドーシス」、「FAP(Familial Amyloid Polyneuropathy)」とも呼ばれています。

不安や悩みを共有して一緒に考える、それが遺伝カウンセリング

遺伝カウンセリングの対象となる疾患は、周産期領域、小児科領域、成人発症の難病、遺伝性腫瘍など多岐にわたります。私は当院で最初に担当した診療科が脳神経内科だったので、成人の遺伝性疾患の患者さんやご家族のカウンセリングに多く携わってきました。具体的には、脊髄小脳変性症、ハンチントン病、副腎白質ジストロフィー、家族性の筋萎縮性側索硬化症(ALS)などです。トランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチー患者さんやご家族へのカウンセリングも、ここ数年で増加しています。

患者さんやご家族は医学的に正しい情報を得たとしても、不安や悩みは簡単に解消されないことがあります。置かれている環境や感じ方はそれぞれ異なるものですし、本音を話したくても誰にも話せないということもあるかもしれません。だからこそ、そうした部分も共有できる存在は必要で、認定遺伝カウンセラー®もその役割を担える職種の一つではないかと思っています。

私がカウンセラーを志したのは、身内に遺伝性疾患を持つ者がいたことがきっかけになっています。遺伝に関する疑問や悩みに対応してくれる人がいないという状況を家族の立場で経験していたこと、また、その身内の主治医から「これまでの経験を活かして認定遺伝カウンセラー®を目指してみては?」と提案があったことが後押しとなりました。大学院での勉強は大変でしたが、遺伝性疾患だけでなく、カウンセリングに関する知識とその技法について学んだ経験が、今の基盤になっています。

発症している方と発症する可能性のある方、それぞれに寄り添って

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遺伝カウンセリングは、既に症状のある方に対するものと、患者さんのご家族で未発症の方に対するもので相談の内容が異なることがあります。発症している方に対しては、確定診断としての遺伝学的検査の対応は主治医が行いますが、検査をすることに不安を覚えたり、結果について家族に話すことを迷ったりするような場合は、必要に応じて認定遺伝カウンセラー®が外来に同席し、検査の意味やご家族への影響など、時間をかけてお話することがあります。

一方で、未発症の方に対しては、将来病気を発症するのかどうかがまだわからない状況なので、特に発症前診断を検討する場合は、やはり時間をかけてカウンセリングをしていく必要があります。一度遺伝子検査をすれば、結果を変えることはできません。後悔のないよう、納得して検査を受けていただくために、結果が陽性の場合と陰性の場合、それぞれのメリットやデメリットについてシミュレーションをしていただいたり、その方の将来の就職、結婚、出産などの人生設計にどのような影響があるかといったセンシティブな内容も一緒に話し合ったりすることがあります。

すべての遺伝性疾患・診療科を対象に

当院には、「ゲノム診療部」という部門があり、そこに認定遺伝カウンセラー®が2名在籍しています。今では、様々な診療科から声がかかるようになり、一般診療の外来で遺伝学的検査の情報提供をする機会も増えています。院内では、私たちが主治医と患者さんをつなぐ、また、主治医と臨床遺伝専門医(遺伝医療に関する専門医)をつなぐ役割を担っています。また、患者さんのご家族とのつながりも大切にしています。

ゲノム診療部内では定期的な会議で患者さんの状況や実施した遺伝カウンセリング内容を共有し、今後の方針や課題点について議論を行っています。幅広い領域の遺伝性疾患と対象となる診療科について把握することが求められるので大変ですが、患者さんやご家族がスムーズに、より良い医療とサポートを受けられるよう、日々の活動に取り組んでいます。トランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチーの場合は、特に循環器内科や脳神経内科と連携することが多いです。

遺伝性疾患の正しい理解を通して、誤解や偏見のない社会を

遺伝性疾患は一般に理解されにくいため、患者さんやご家族が社会から誤ったイメージを持たれることがあるかもしれません。「子どもや周囲にどう説明したらいいのだろう」と悩む方も多くいらっしゃいますが、これはもしかすると自身を責める気持ちのほか、社会にある誤解や偏見に対する懸念からきているのかもしれません。

こうした誤解や偏見をなくすためには、患者さんやご家族が遺伝学的に正しい情報を得ることはもちろんですが、同時に一般の方々にも遺伝を正しく理解していただく必要があるのではないかと思います。遺伝性疾患は誰にでも起こりうることであり、また、誰の責任でもありません。認定遺伝カウンセラー®は、このことを医療の現場にいらっしゃる患者さんやご家族だけでなく、学校などの教育の現場の子どもたち(大人たち)にも、広く伝えていく役割があるのではないかと思っています。

遺伝カウンセリングのメリットは、考えておくべきことを共有し一緒に話し合えること

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遺伝カウンセリングを受けたいと思っても、なかなかその一歩を踏み出せずにいる方もいらっしゃるようです。カウンセリングを受けた後、患者さんやご家族からは「病気について思っていたより考えることが多く、それを知ることができて良かった」といった感想をいただくことがあります。カウンセリングでは、病気や遺伝に関して理解を深めるだけでなく、兄弟姉妹の間で病気になる人とならない人に分かれたら各人はどんな気持ちになるか、病気のことを誰に話したいかなど、カウンセラーが来談者と一緒に考えます。一人ではなかなか考えが及ばないこともあります。一緒に考えることは、考えておくべきことを明確化していく作業になります。病気と向き合う過程では、頭で理解していても心がついていかない状況に陥ることもあるかもしれません。そんな時は誰かと一緒に考えることが重要で、そうすることで心の負担が軽くなったり、自身が置かれた状況を客観視できるようになったりすることもあるかと思います。

発症前診断を「受ける選択」も「受けない選択」もサポートするのが遺伝カウンセリング

未発症の方に対する遺伝カウンセリングは、発症前診断を受けるかどうかを話し合うためにあるものでも、一律にお勧めするものでもありません。トランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチーの場合は治療法がありますので、仮に発症前診断で陽性となっても、症状がみられたタイミングを捉えて治療を始めることができます。医学的にメリットがある状況といえますが、それをどう考えるかはその方次第です。「これからの人生設計について考えたいから受けたい」という意見もあるでしょうし、一方で、「今は結果を知るタイミングではないから受けたくない」という意見もあるでしょう。その方が十分に検討して決断したことならば、発症前診断を受ける選択も、受けない選択も、それぞれ尊重します。

認定遺伝カウンセラー®のサポートを受けたい場合は主治医への相談のほか、ホームページで調べる方法も

認定遺伝カウンセラー®に相談したいことがある方は、受診の際に主治医にお声がけいただければと思います。認定遺伝カウンセラー®が在籍していない病院もありますが、そうした場合でも主治医にお声がけいただければ何らかの提案があるかもしれません。遠方に住む治療中の親御さんの主治医から当院に、「東京にいるご家族の遺伝カウンセリングについて相談に乗ってほしい」と連絡をいただいたことがあります。仮に、認定遺伝カウンセラー®がいない病院であっても、また親子や兄弟姉妹がそれぞれ遠方に住んでいても、主治医に相談することで遺伝カウンセリングが受けられる場合もあります。遺伝カウンセリングを受けることができる病院については「全国遺伝子医療部門連絡会議」のホームページ(http://www.idenshiiryoubumon.org)から、また、認定遺伝カウンセラー®については、「日本認定遺伝カウンセラー協会」のホームページ(http://plaza.umin.ac.jp/~cgc/)から知ることができます。

ぜひ、どんなことでもご相談ください

治療法があることを知っていても病気と診断されるのは怖いと感じたり、家族や周囲に相談しにくかったりすることもあるでしょう。そんな時は認定遺伝カウンセラー®のことも思い出していただき、ぜひお気軽にご相談ください。遺伝性疾患を持って生まれたり病気を発症したりする可能性は、誰にでもあります。不安なことがあれば、一人で悩まずに一緒に考えましょう。そうすることで道は開けると信じています。

内容は、2022年2月インタビュー当時のものです。