治療を支える医療関係者の想い

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患者さんやご家族が抱える様々な悩みに寄り添い、不安を和らげたい

柊中くきなか 智恵子 先生

熊本大学大学院生命科学研究部環境社会医学部門看護学分野 准教授/
認定遺伝カウンセラー®・日本難病看護学会認定 難病看護師

熊本大学病院において認定遺伝カウンセラー®、難病看護師としてトランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチーの患者さんと、そのご家族の支援に携わっている柊中先生に、日々行われている支援の具体的な内容やカウンセラーに相談する重要性などについて伺いました。

*:「遺伝性ATTR(ATTRv)アミロイドーシス」、「FAP(Familial Amyloid Polyneuropathy)」とも呼ばれています。

認定遺伝カウンセラー®は、遺伝などに問題や不安を抱えている方に対して心理的・社会的な援助を行う専門職

「認定遺伝カウンセラー®」とは、遺伝や遺伝子に関する問題や不安を抱えている方に対して心理的・社会的な援助を行う専門職で、心理学や遺伝学、カウンセリングなどの専門知識を大学院で学んだ後に試験を受けて認定される資格です。遺伝カウンセリングには周産・小児・がん・難病など様々な専門領域があり、私はトランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチーを含む遺伝性神経難病を専門にしています。

患者会への参加をきっかけに、トランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチー患者さん支援の道へ

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私が神経難病、特にトランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチーの看護を専門にしたいと思ったきっかけは、30年ほど前、熊本大学病院で看護師として勤務していた時に、この病気の患者会に参加させていただいたことです。
熊本はトランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチーの患者さんが多く集まる地域(集積地)の一つで、私も看護師として何人もの患者さんを受け持っていました。当時は今ほど治療が進んでおらず、徐々に症状が進行し重くなっていく患者さんを前にして、どのような看護をしていけばいいのか悩んでいました。そのような時に参加した患者会では、病院の中だけではわからない、患者さんが地域社会の中でいかに大変なご苦労をされているのかを知ることができました。

後日、より詳しくお話を聞きたいと思い、患者会の方に連絡をとったところ、返されたのは「興味半分で知りたいと思っているのなら、来なくていい」という思いがけない厳しい言葉でした。今と比べると当時は治療法も限られており、看護ケアの面でも患者さんの要望を満たせているとはいえない状況でしたので、何もできないのなら中途半端に関わらないでほしい、というお気持ちだったのだと思います。私はその言葉を聞いて大きなショックを受けましたが、同時に看護師としてもっとできることがあるのではないか、看護ケアによって患者さんの状況が少しでも改善されるのであればやってみたいと強く思いました。そして、患者さんに寄り添う覚悟を決めて「一緒に勉強させてください」とお伝えし、それからは患者会の方のお宅に泊まり込んでいろいろなお話を聞いたり、患者さんの送迎のお手伝いなどをさせていただいたりするようになり、少しずつ信頼を得られるようにな りました。

そして、さらに、トランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチーの患者さんを支援していくためには、遺伝学や心理学、栄養学などをもっと深く学ぶ必要があると考え、病院を一旦辞めて大学院に進むことを決意しました。ちょうど大学院で学んでいた時に、日本遺伝看護研究会(現、日本遺伝看護学会)が発足し、また、その後、認定遺伝カウンセラー®の制度もスタートしたので、すぐに試験準備を開始し資格を取得しました。以降、現在まで実践と研究をつなぐ遺伝性神経難病の看護の研究を続けています。

患者さんやご家族が抱える様々な悩みに寄り添い、不安を和らげたい

一般的に、患者さんやご家族の方は、「遺伝外来」や「遺伝診療部」などが設置されている病院で遺伝カウンセリングを受けることができます。熊本大学病院では、患者さんやご家族が看護師や医師にご相談された段階で、必要に応じて遺伝カウンセリングチームに依頼が入り、病室や診察室に出向いてお話しをするという流れで対応しています。私の場合は看護師も兼務しているので、カウンセリングだけでなく状況に応じて看護ケアも行うなど、柔軟な支援をさせていただいています。

実際どのような支援を行うかは患者さん個々で異なります。難病看護師としては、まずはどのような症状で困っているのかを患者さんにお聞きして、患者さんご自身でできる対処法(セルフケア)などをお伝えするようにしています。

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一方、認定遺伝カウンセラー®としては、医師から受けた説明に対して患者さんがどのように考え、どのような感情をお持ちなのかを確認させていただきます。そして、遺伝の知識や最新の治療法を正しくお伝えするとともに、「病気のことを子どもにどう伝えればいいのか」、「発症前診断を受けるかどうか」といった、患者さんやご家族が抱える様々な悩みに寄り添いながら、考えを整理するお手伝いをさせていただいています。

例えば、幼い頃に親御さんの闘病生活を目にしたり、看病をされてきたりした方の中には、自分が発症する可能性から目を背けようとして、なかなか受診されず、診断が遅れてしまう方がいます。そのような方には、今は親御さんの時代とは違い、新しい治療法があることをお伝えし、「病気のことを心配して何かをあきらめてしまうことは、親御さんが一番悲しむと思いますよ」とお話しするようにしています。また、発症前診断で陽性であることがわかると、患者さんは大きな不安を抱えることになります。そのため、まず検査を受ける前に、陽性だった場合のことを十分説明しておくと同時に、「年に1回、誕生日など自分が忘れない日にちに診察に来るようにしてください。その日以外は病気のことは忘れていただいて大丈夫ですよ」とお伝えし、不安を少しでも和らげるような対応を心がけています。

「相談してよかった」と感じてもらうために

トランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチーのような遺伝性の病気では、患者さんご本人だけでなく、親、兄弟・姉妹、子ども、親戚、配偶者、配偶者のご家族、それぞれが病気に関係する様々な悩みの当事者となります。そして、悩みの中には、家族だけでは話せない内容や、感情論に行き着いてしまうものも少なくありません。そのような場合には第三者が間に入ることで、冷静に想いを伝えられるようになることもあります。その第三者としてぜひ、専門的な知識をもつ認定遺伝カウンセラー®をご活用いただきたいと思います。 認定遺伝カウンセラー®がいない施設では、病棟や外来、地域連携室の看護師、医療ソーシャルワーカーなどに相談してみてください。自分の状況を理解して相談にのってくれる人を見つけられるだけで心の負担は軽くなると思います。

私は、「あの時相談してよかった」と患者さんに実感してもらえることを、第一に考えています。この想いは看護師や医療ソーシャルワーカーをはじめ、患者さんの支援に携わるすべての者に共通しています。決して悩みを一人で抱え込んだりせずに、私たちを頼っていただきたいと思います。

患者さんとそのご家族のより良い生活のために目指していること

ここまで私自身の患者さんとの関わりについてお話ししましたが、後進の育成ということも私がこれから果たしていくべき重要な使命の一つだと感じています。私は現在、日本遺伝看護学会および日本難病看護学会の理事を務め、これからの遺伝看護と難病看護を担う人材の育成に力を入れています。最近では、「遺伝看護専門看護師」の認定制度がスタートするなど、徐々にではありますが、遺伝や難病に精通した看護師も増えてきています。
また、院内においても看護師向けに勉強会を開き、患者さんへのお声がけや診察時の院内移動のお手伝いなどを意識的に行ってもらえるよう働きかけています。九州圏内では遺伝を専門とする看護師や認定遺伝カウンセラー®の仲間と一緒に、看護師と遺伝カウンセラーをつなぐ研究会も発足しました。看護師と遺伝カウンセラーが一緒に勉強することで、患者さんやご家族がどこに相談しても困らない体制作りも目指しています。
これからも後進の育成に努め、トランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチー患者さん、そしてご家族のより良い生活に貢献していきたいと思っています。

不安や悩みがある場合は、一人で抱え込まずに、専門スタッフに相談を

トランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチーは早期の診断・治療が大切になります。少しでも気になる症状や心配なことがある場合には、勇気をもって専門医を受診するようにしてほしいと思います。専門医の連絡先がわからない場合は、身近な看護師や医療ソーシャルワーカー、認定遺伝カウンセラー®などにご相談いただければ、必ず調べて専門医と連携をとってくれます。
病気のこと、ご家族のこと、将来のことなどに関する不安や悩みについては、一人で抱え込まずに、できるだけ早く専門のスタッフにご相談ください。

内容は、2019年7月インタビュー当時のものです。