治療を支える医療関係者の想い
両角 由里 先生
長野県難病相談支援センター 難病相談支援員
(看護師、保健師、日本難病看護学会認定 難病看護師)
長野県難病相談支援センターにおいて、難病相談支援員としてトランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチー*の患者さんと、そのご家族の支援に携わっている両角先生に、難病相談支援センターの活動について、また、患者さんやご家族からの相談内容などについて伺いました。
*:「遺伝性ATTR(ATTRv)アミロイドーシス」、「FAP(Familial Amyloid Polyneuropathy)」とも呼ばれています。
難病相談支援センターは神経疾患をはじめとする様々な難病の治療、ケア、生活相談を受ける専門機関
難病相談支援センターは、難病患者さんの療養生活を支援することを目的に、都道府県及び指定都市に設置されています。その一つが、長野県難病相談支援センター(以下、センター)です。 2007年に開所した長野県は、都道府県の面積が全国第4位、総面積の84%が山地で、医療機関は平野部に多く、高齢化も進んでいます。そのため、難病患者さんの医療機関へのアクセスや長期にわたる療養生活などについて様々な課題を抱えています。
なお、長野県には、10の保健医療圏があり、また、保健福祉事務所は中核の長野市を含め11ヵ所にあり、それぞれ地域の業務に携わっています。
センターでは、現在2名の相談支援員が対応にあたっています。2019年は1,041人の方から相談を受けました。神経疾患に関する相談が全体の3割弱と多く、疾患別では、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、パーキンソン病、脊髄小脳変性症、多発性硬化症などが多い状況で、神経疾患以外では自己免疫疾患、例えば膠原病などに関する相談もあります。
相談のきっかけは医療機関からの紹介がメイン、保健所や患者会からも
ご相談をいただくきっかけとしては、長野県の場合は、医療機関経由でのご相談が多い状況です。医師や看護師、ソーシャルワーカーなどの医療関係者と、患者さんとの会話の中で「センターに相談してみませんか?」というようなやりとりがあり、こちらに話が来ます。最初は何を相談したらいいか、どんな人が相談支援員なのか、といった不安があったり、そもそもセンターのことが十分に知られていないという現状があるからだと思います。最近では、保健所や患者会などを通してご相談いただくことも増えてきました。センターでは、地域の患者会の集まりなどにお伺いし、直接お話させていただく機会を大切にしてきました。その活動の成果かもしれません。
最近の相談内容として、ご家族からは看護や介護、在宅でのケアの方法、患者さんご本人からは同じ病気の人との交流を求める相談や要望、就労に関すること、経済面を含めた将来に対する不安などが多く寄せられています。また、センターでは、ご自宅で療養されている難病患者さんの支援者を対象に、意思伝達のためのコミュニケーション機器の貸出を行っています。「視線」で会話や文書の作成ができるものなど数種類を用意しており、こうした機器に関するご相談もいただきます。
新型コロナウイルス感染症の流行を機に「オンライン難病相談」をスタート
オンライン難病相談は、信州大学医学部附属病院の神経内科の先生からの提案が発端となり、始まったものです。日本では2018年から、一定の条件のもと、公的医療保険の枠組みの中でオンライン診療が行えるようになりました。 2020年に入ってからは、新型コロナウイルス感染症が流行し始め、私たちも直接お会いして行う活動が制限されるようになり、患者さん側も外出を控えたいという意向が強くなってきました。そうした中で「オンライン難病相談を実施してみてはどうか?」というアイデアが出てきたわけです。2020年の4月末からパンフレット作成などの準備をスタートし、患者さんや関係機関にご案内しました。
これまでは、主にハローワークなどとの連携会議で活用してきましたが、今後は、患者さんとの個別相談が増えてくることも期待しています。
トランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチー患者さんからの相談について
トランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチーの患者さんやご家族からは、年3~5人程度、ご相談をいただいています。心身共に負担の大きい治療の意思決定に関する相談、療養生活やその支援方法に関すること、遺伝に関すること、また、障害年金の申請など制度に関すること、「仕事を続けるのが難しい状況になってきたが、この先、どうやって収入を得ていったらいいか」といったような、就労や経済面のご相談をいただくことも多々あります。就労に関することは、社会保険労務士など、専門家の協力を得てお答えすることもあります。
また、トランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチーの専門医を紹介してほしい、といった相談を受けたこともあります。
トランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチーの患者会「たんぽぽの会」との交流も
長野県には、トランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチーの患者会「たんぽぽの会」があり、年1~2回程度、講演会や交流会が開催されています。患者会は、県外の患者さんやご家族を含め、45名程度の規模の会です。私たちも毎年お伺いさせていただき、患者さんやご家族、支援者との交流を深めています。トランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチーという疾患特有の情報交換や経験の共有が行われており、学ばせていただいているのと同時に、何かお役に立てることはないか、思いを巡らせながら参加しています。
「相談」というと、自立して生きたいと思う患者さんにとっては、「おせっかい」かもしれません。何気ない会話やつぶやきの中から、私たちができることを探る、といった感じです。そういうことを通して得られる「つながり」を、私はとても大切にしています。
より良い治療やケアにつなげるために工夫していること
患者さんを取り巻く環境は、治療だけでなく、仕事や家事、プライベートなことなど、様々な要素で成り立っています。だからこそ私たちの活動も、治療は治療、難病相談は難病相談と、それぞれの機能が分断されてしまっては意味がないと思っています。
私は、難病相談支援員という立場ですが、縁あって知り得たことを、医療関係者やご家族、患者さんの理解者である方にも伝えて、療養生活全体がより良くなるようにという思いで取り組んでいます。患者さんが、相談内容を主治医や看護師、医療ソーシャルワーカーなどの医療関係者と共有を希望される場合には、ご本人の同意のもと、カルテに記載したり、直接関係者に連絡するなど工夫しています。
また、県内11ヵ所に拠点があり、地域の患者さんのことを良く理解している保健福祉事務所との連携も大切にしています。地域にどんな難病患者さんがいらっしゃるか、情報を共有したり、センターにご相談いただいた患者さんの、その後の地域でのフォローについて保健福祉事務所に相談する、といったことを行っています。患者家族交流会や研修会などの場に私たちも参加し、日ごろから保健師さんと「顔の見える関係づくり」を心掛けています。
直接お会いすることが難しい状況だからこそ生まれたアイデア「手書きメッセージ」
新型コロナウイルス感染症の流行は誰もが予期しなかったことで、治療や療養生活に大きな変化をもたらしました。交流イベントなどの中止が相次ぎ、とても心苦しく思っています。こうした状況は、精神的に落ち込むようなことにもなりかねません。
患者さんやご家族などとのつながりが途絶えてしまうことが心配で、こうした状況でも何かできることはないか、色々と考えました。そこで浮かんだアイデアが「手書きのメッセージ」です。何か事務的なお知らせを郵送する機会に、一人ひとりの患者さんのことを思いながらメッセージを書いてみました。それをきっかけに連絡してくださる方もいて、とても嬉しく思っています。
こうした状況は長期化することも予想されていますので、どうしたら大切なつながりを保ち続けられるか、さらなる手段も検討しているところです。
「難病患者さんの精神的ケアの充実」という夢に向けて
私は、人のお世話をするのが好きで看護師になりました。色々な経験が積める大学病院で仕事をスタートし、神経内科で入院患者さんと、外来患者さんの両方のケアをさせていただきました。
入院での治療を行い、その後病状が安定して退院、さらにその後も外来でケアさせていただくーー。そうした経験を重ねて、看護技術を磨きました。でもある時、神経難病患者さんは身体的な面だけでなく、病気の原因や治療法が確立していない中での療養を余儀なくされる分、精神面のケアも重要だと気づいたのです。もっと患者さんの生活の場に寄り添う形で支援したいと思うようになりました。
そうした理由で大学病院を退職する決断をし、その後は訪問看護師として難病患者さんや、難病以外の患者さんのケアにも携わり、在宅での看取りも経験しました。さらにその後、松本市の保健師として活動していた時にセンター開所のお話をいただき、まだやり切れていなかった「難病患者さんの精神的ケアを充実させたい」という思いで、2007年のセンター開所当初から関わることになりました。現職に就いて今年で13年目になります。初心を忘れることなく、今後も「心の声を聴く」姿勢で、身近な相談者の1人でありたいと思います。
一人で悩まず、ぜひセンターにお声がけを
センターは全国にある施設ですが、まだまだ存在を知らない方も多くいらっしゃるのが現状です。診断後間もない段階から、ベテランの域の患者さんまで、それぞれ固有の不安や悩みを抱えていらっしゃると思います。そんな時は、ぜひ自分のことをわかってくれる身近な人に「つぶやいて」みてください。形式ばった「相談」でなくていいと思っています。つぶやきを耳にした仲間が、どこかにつなげてくれるはずです。何より、「つぶやきの第一歩」が重要なのです。「患者会ってどんなところですか?」といった気軽な質問も、もちろん歓迎します。
私たちは皆さんとの出会いをとても楽しみに、また、何かのお役に立てればと願っています。
内容は、2020年8月インタビュー当時のものです。
不安や悩みを「聴く」ことを通して、療養生活全体がより良くなる支援をめざして