この病気、「私」の向き合い方
治療薬の効き方には個人差があり、すべての患者さんで同じような効果が得られるわけではありません。
Kさん(70歳代、男性)
これまで病気らしい病気もなくスポーツの世界で生きてきて、初めて体調不良の引き金となったのは、トランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチーだった
若い頃から野球界に携わり、数多くの選手やチームを育ててこられました。60歳で引退をされて、これからは野球を楽しもうと考えられていた矢先、体調が徐々に悪化。トランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチー*という病名がわかるまでの2~3年は、心身ともに苦しい思いをされてきました。今は薬による治療で病気の進行も止まり、穏やかな生活が戻ってきたそうです。ご自身の経験を通して、この病気の早期発見を担う医療現場への思い、これからの期待について伺いました。
「遺伝性ATTR(ATTRv)アミロイドーシス」、「FAP(Familial Amyloid Polyneuropathy)」とも呼ばれています。
体の状態は悪くなるばかりなのに
病名がわかるまで2~3年かかりつらかったです
僕は長年、アマチュア野球の監督を仕事にしてきました。自分自身は30歳まで現役の選手で、そこから60歳で引退するまでは指導者でした。引退した後も、例えば地元のチームや知り合いの方など、ご縁のあるところから頼まれて、いくつかのチームの指導に関わってきました。引退まではハードな運動をして体が鍛えられていて、薬などほとんど飲んだことがないような生活だったのですが、 60歳代前半のある日、車で往復2時間程かかる地域まで野球の指導に行った帰りに、今までに感じたことのない足の疲れ、違和感を覚えました。昔からお酒もタバコもやっていたので「痛風かな?それとも、若い頃に野球で腰を痛めたせいかな?」と思い、最初は、地元の整形外科で診てもらいました。症状から脊柱管狭窄症ではないかという診断を受けて治療を開始。ところが2年程治療を続けても、一向に良くなりません。それどころか目に見えて悪くなっていきました。とうとう、足がしびれて、うまく歩くことができなくなってきたので、どうやら脊柱管狭窄症ではなさそうだということになり、詳しい検査のために地元にある大学病院の整形外科への紹介状を書いてもらいました。
そこでも色々な検査をしましたが、まったく原因がわからないばかりか、体の状態はさらに悪くなっていきました。食事が摂れなくなり、どんどん痩せていったのです。毎日3回、痛み止めなどの薬を飲んでいた影響もあったのか、とにかく気持ちが悪くて食欲が出ませんでした。当時は妻も大変だったと思うのですが、何を食べても美味しくなく、もどしてしまうこともありました。さらに、今まで経験したことがなかった便秘にもなってしまい、そうした状態が1年程続きました。
60歳の時は体重が83kg、そこからハードな運動はやめたので数キロ減りましたが、さらに激痩せしてしまい3~4年後には57kgに。見た目も変わり、さすがに妻も内心は「大丈夫だろうか」と思っていたようです。この頃、PET検査を受けて、「自分はがんかもしれない」「がんであと何年生きられるのだろう」と覚悟をしていましたが、検査結果を見たら、それすら違っていたのです。がんではなくて安心もしましたが、原因がわからないままだったのは、それ以上につらかったですね。そして、今度は同じ大学病院にある神経内科へ移り、さらに異なる検査を次々と受け、最終的には専門医のいる他の大学病院にも検査依頼をしてもらい、やっと原因が判明しました。
病名がわかってホッとしました
少しでも早く原因を知ることはとても大切です
トランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチーという病名がわかった時は、半分ホッとした気持ちになりました。体調は非常に悪かったのですが、「あぁ、やっとわかった」と少し落ち着くことができました。 難病だと聞いて驚きましたが、何の病気かわからない時のほうが頭の中の整理がつかずにきつかったですね。「何か悪いことをしたのか、バチが当たったのか」とさえ思っていましたから。僕の場合は、親族に同病の人がいないので、その時に初めてこの病気のことを知りました。正直な話、未だに病気のことは、何回聞いても、よくわかりません。もちろん、体の中のたんぱく質(アミロイド)が影響しているということは理解していますが、家族性と聞いても親族には同病の人が誰もいないので、「どうして自分が」と思ったこともあります。
この病気は患者数がとても少ないのでしょうし、専門の医師が自分の住む地域にはいないのもわかっています。それでも、つらい症状を抱えている患者にとって、少しでも早く原因を見つけてもらうことが何よりも一番大切なことだと思います。
今の主治医の先生はとてもきめ細やかで、僕が何も言わなくても様々な検査をしてくれますし、この病気に関する情報も丁寧に教えてくれます。本当に信頼できる先生に診てもらえて心強く思います。
進行も止まり体調も安定したので
楽しみを再開させていくのが願いです
医師から「子どもへは5割の確率で遺伝する」ということは聞いていて、すでに検査を受けた子どももいます。子どもたちももう大人ですし、家族もあるので遺伝の検査を受ける判断などについてはそれぞれに任せています。もちろん、子供や孫に病気が遺伝していたら嫌だなとは思っていますが、今は薬があるので、救いはありますね。早めに検査をして、病名を知ることができれば打つ手があるのがわかっていますから。
僕自身ももう少しこの病気の判明が早く、進行を止める薬に出会えていたら良かったのに、と思っています。何よりも不便なのは手足の症状のために車の運転ができなくなり、行動範囲が極端に狭くなったことです。今は、家の中は歩行器、外は車いすで生活しています。他には、脈が遅くなったのでペースメーカーを入れました。主治医の先生からは「これで一安心ですよ」と言ってもらいました。他にどこかが悪くなっている訳ではありませんし、今は薬で進行が止められていて、快食、快眠、快便の三本柱が復活して、以前に比べたら気分は上々です。
一般的な病気、自分が知っている病気であれば、こういう治療をするのだろうと想像がつきます。しかし、トランスサイレチン型家族性アミロイドポリニューロパチーの場合、自分自身の状況しかわからないので、この先を想像したり、誰かにこんな状態ですと伝えたりするのが難しい点が課題ですね。これまで、同病の患者さんには会ったことがないので、直接お話を聞く機会はありませんでした。他にどんな症状があって、どのように病気が進行していくのかといったことなどを、もっと知りたいと思っています。
この病気で体の不調が続いてからは、学生で野球をやっている孫の応援に行くことができなくなっていました。でも、やっと食事も美味しく食べられるようになり、体調も安定し、毎日を快適に過ごせるようになったので、移動の際は工夫する必要がありますが、今年は孫の練習や試合の応援に行ければと願っています。病気のために不自由になったこともありますが、僕には、野球での教え子が600~700人程います。一緒に苦労した仲間やたくさんの教え子たちが、世界中で頑張っているわけです。それを考えると僕も頑張ろうと思えますね。
内容は、2020年10月インタビュー当時のものです。